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「生」を怖がる本当の理由

 

自然で育った牛の生乳で健康に

自然で育った牛の生乳で健康に

どうも、(生)肉を食べると、精神的にも安定して静かになるようですね。

 私は食べ物を変えてみてどうなるかを実験した。自分を含めて過去42年間、文字通り何千人の人々が試した。自転車旅行中の頃はベジタリアンで、それを伝道してまわった。出会う人々にベジタリアン、生野菜食を進め、それで助けた人々もいた。

次に政策論争についてですが、毎年のように、「生食を排除しよう、生ものを排除しよう!」というキャンペーンがあります。今はまだ生乳を買うことができますが、なぜこのように常に脅威が襲ってくるのでしょうか?しかも、生乳だけではありません。他のものもです。政府の側にどのような思惑があるのか、大きな観点ではどうなのでしょうか。

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毎朝カフェイン飲んでる?

生バターによる驚くべきヒーリング

 

生バター

一度も加熱処理されていない生のバターが治す

脳神経などへの働きはクリームはバターほどではない。生バターが最もすぐれている。

私の食事法では、バターを特に強調している。これを第一に取らねばならない。

 

I:あなただけではなく、サリーファロンなどがいます。多くの研究があります。

 

しかし、まだ細菌恐怖症から抜け切れない。まず生肉を冷凍しろ、という。バターを冷凍しろ、など。牛乳を冷凍しろとは言ってないからましだが。

しかし、私の行った動物実験で、冷凍していた肉を与えた群には皮膚病が現れた。

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食物―生脂肪での解毒

脳の3分の2は脂肪

脳の3分の2は脂肪

 生の脂肪で行う解毒治療

 

乳糖不耐性の人には生乳をすすめていますね。

 

(生乳で)99%の人が不耐性がなくなる。1%の人は、古い乳糖が体内に残っていて、・・それで、私は毎日2~4オンスの生乳を1か月飲んでもらう。そうすると1%の人々も不耐性がなくなる。

 

I:ある文化、ある民族、あるいは、アジア人は特に乳糖に不耐性があるという説がありますが、例えばその原因は、牛たちがそこの穀物を多く与えられたりして遺伝子的に異なるのか、ということですが、どうでしょうね。

 

それはまた「うそ」だろうね。インドでは肉を食べないが牛の乳は飲食する。しかし、牛乳が唯一の公害をとめる解決方法なのである。ミルクには凝縮したミネラルがある。それで、中和される。ワクチンや汚染などが中和されてミルクに出てくるので、生乳を飲ませたくないのだろう。だから嘘をついている。私の患者はシンガポール、タイ、フィリピン、ベトナムに多くいるが、彼らはちゃんと治っていく。シンガポールで主要な中国語新聞が私の提唱する食事法についてフロントページに載せた。以前は痩せて骨ばった中国人たちが、今は頑丈な筋肉をつけた。シンガポールの中国人については皆効果があった。彼らは喜んでいる。

 

I:それはおもしろいですね。ウドー・エラスムスをご存じですか?彼の場合、ヒッピーでガーデニングをしていて農薬をいっぱい使い生えたものを食べて病気になりました。また、農薬をまいた土地をはだしで歩いていたのです。彼も何かの本で、脂肪こそが解毒の力があると読んだのです。

 

まず基本的な理解のためには組織を分析する。たとえば、脳の研究では60,70、80%が脂肪だ。「あなたは脂肪が多いですね!」と言われるのは、お世辞と同じだ。骨髄も(脂肪が多い)。太っている人は、農薬などの毒素の凝縮がされている。それで、私たちは、「脂肪を体内に入れれば、脂肪が解毒してくれる」と考えた。

 

それで、人々が、薬物治療やキレーションセラピーなどの後に私のところに来る。ちなみに、キレーションは有毒だ。脂肪こそが体に与えられたダメージを軽減するものだ。毒素を除去してダメージを軽減する。

 

I:そこから、全脂肪、生脂肪 をとろう、という話になりますね。生乳、クリーム、バター、生チーズ、生の動物性脂肪もよいのですね。

 

ウドーは、圧縮油に詳しいだろう。非常に解毒効果があり90%解毒する。解毒中は体内で安定化しない。しかし、動物性脂肪は特にそうで、クリームもよいが、少し消化しにくい。バターはすべての人間と動物において解毒力が優れている。私自身の食事法では、クリームもよいが、消化しにくい。バターが最良の解毒食物だ。

アージョナスのインタビュー つづく

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低温殺菌、高温殺菌、乳糖不耐性

生乳か低温殺菌か?

 低温殺菌高温殺菌、乳糖不耐性・・

 

I:生の肉を食べたら、菌に侵されて病気になる、という神話があります。これに対して、加熱したタンパク質は、安全なのでしょうか?

 

これについては私の著書(Diet Tribe and Getting well)で説明したが、13年間、生を食べてなんの病気もなかった。私は解毒治療、薬物治療などやっていたが、それについては便、尿、組織検査などで検査の数字が出ている。薬物治療や放射線治療からは多量のヨウ素がはいった。その裏付けは検査機関での証明がある。菌からの病気はなかった

 

医療業界は巨額のもうけがほしい。ロックフェラー、ロスチャイルド、カーネギーなども同じだ。彼らは、ちょうど軍隊のようなプログラムを採用しなければならなかった。軍にいさせるためには、敵に対する恐怖や不安を与えなければならない。攻撃に対する痛みだ。行って同じ人間を攻撃しろ、殺せ。そのために彼らはこちらの宗教に反対しているだの、主義政策に反対しているだの、信じる。たとえそうでも、彼らは何の問題もなく暮らしているのに。。同じようにして菌が自分の体に対して攻撃し、そして病気になると信じさせる。何が怖いのか、といえば、生乳などだという。事実は、生乳でこれ以上健康にならないのに。

 

masai

マサイ族

マサイ族、スー、サムサブルー、エスキモー、すべてについて、生の肉、生の乳を続けていれば病気にかからない。

 

:タンパク質加熱で、体にどのような化学反応がおこるのでしょう?たとえば、殺菌乳で、ホモジナイズされたものはどうなりますか?

 

理論上では、

40°で、酵素が焼ける、それで、組織を作る能力がなくなる、消化できなくなる、

44°まででビタミン類が不安定化する、

50°で、酵素が完全に焼かれ、不安定化し、効力が消され、

50.6~52.8°でビタミンが完全に不安定化、体がどのように努力しても再構築できない、

そして、タンパク質が壊れる。

カルシウムは、生乳と比べると、62.8度を15~30秒保つだけで その50%は排泄される。

現在では132°で超高温加熱をしている。それで、成分は完全に破壊されている。

 

I:乳糖不耐性のある人々が非常に多くいますが、生乳を飲む場合と、殺菌、ホモジナイズされた乳と比べてどう違いますか?

 

殺菌乳の場合、焼灼された乳酸も飲んでいる。消化できないので、血流に行き、細胞にガラスのように切り傷をつくる。アレルギーがある人は粘液を作れない。

 

アージョナスのインタビュー訳つづく

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食中毒は加熱した食品でおこる

臨死、それとも?

 

私には3度の臨死体験があり、レクレーショナルドラッグで倒れた私を蘇生していたとき、幽体離脱もしたが、痛みがまったくない。痛みは肉体とともにおいていくのだ。それと同じ体験だと思った。

 

そして翌日、目が覚めるとまだ寝袋の中で生きている。白いトンネルも、イエスの迎えもない。肉体の中にいる。しかも、かなりよいエネルギーがあり、三日四日と続き、死なない。何も悪いことがおこらない。

インデアンたちはうそをついていなかった。生の肉を食べろと言っていたのは。

 

その後、シマリス、鳥、サソリ、タランチュラなど、罠にかけてなんでも手に入るものは食べた。ただ毒腺だけは除いた。

 

I:そのような話で皆怖がるのです。ものすごく原始的な話になりますから。

 アジアに行けば、日常茶飯事ですよ。

 

I:西洋の理解では、ちゃんとお店で買ったお肉を焼いて、中身が生でも、いいんです。ただ、あなたのように狩りでとったのをそのまま食べるのは、「生」なんです。店で買ったものは半生のステーキでもいいんです。この心理的な違いが人々を怖がらせます。それで、あなたが非常に問題な人だとなってしまう。何が起こっているのでしょう?本能的存在として、それを私たちが処理できなくなったというのは?

 

それはコンディショニングですね。恐怖をもつように教えられている。世界で一番バカなことだ。歴史上、生の食べ物は数多く存在する。ステーキタルタル、生肉、生卵、ドイツ人は他に比べてよく食べる。ステーキタルタル。フランス人も。また、カルパッチョも、完璧な生肉だ。

 

レストランで食べさえすれば、違うんですよ。でも、あなたは、個人的にそれに立ち向かった。

ウサギの次に食べたのは、ガラガラヘビだった。骨が多くて食べにくかった。チキンというより、魚の刺身みたいだった。

 

I:あなたの場合は、そういった環境にいたから、なんでもそこで手に入るものを食べた。それで、どれぐらいの期間で体に力が戻ったのですか?

 

1週間ほどワナをかけたりしたが、それほどとれなかった。体重は43キロだった。そこの農業地帯を自転車でまわった。そこではデーツや柑橘系の栽培が多かったが、その他ブタ、ヤギや家畜、乳牛を飼っていた。それで、農場主たちと話をつけて、乳しぼりをやって生乳を飲ませてもらったりした。また、その他の必要な食物を手に入れた。毎日生乳を1ガロン、バターを1~2本およそ100gほど。チキン、卵、なんでも食べられるものを食べた。そうしながら2か月半で22キロ体重が増えた。そして、縮小シュワルチネッカーみたいになった。人生ではじめて筋肉と言うものを手に入れた。小さいときは太っていたが、糖尿になってからはやせていた。

 

I:もちろん、生の脂肪、生のタンパク質のためでしょうが、同時に労働もしたのですね。そして、短い期間でシュワルチネッカーになった。その後、なにをするようになりましたか?

 

ロサンジェルスに戻り、生肉がすごいとふれまわると、皆に、「とうとう頭がおかしくなった」と言われた。

「まあたしかにそうだったよ~何度もね」と、私。人生のほとんどは頭がおかしかった。22年間。しかし、これほど、健康的で安定的な肉体はこれまで味わったことがないので、確信していた。

 しかし、3年も、「おまえ、頭がおかしい」と言われ続けたので、そうかもしれない。今度病気になったら、そろそろ生肉が私の体をむしばむぞ、とも思った。

 

13年生肉を食べたが、10年間は恐怖だった。しかし、私は迷走神経を切られたのに、生肉を食べ続けて13年間、吐くことも下痢もまったくない。それで、これは変なことが起こっているぞと思った。そこで、全く理解できないので、主要な医学大学へ行き、生肉が本当に寄生虫侵入につながるかの実験、研究を探した。たった1件もなかった。

 

I:細菌やばい菌による中毒で皆恐怖を感じています。生卵、生乳などを飲むと、病気で死ぬといいますが、実際の統計はかなり違うのです。95,6%は、料理した食べ物から中毒はおこりますね。

 

99.999%だ。

アージョナスのインタビュー訳 つづく

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「生」を食べて生還-コヨーテが教えた智慧

仕事や感情的ストレスをいろいろと言う人々がいるが、屋外生活程のストレスはない。

ストレスがなんであるかを皆は知らないのだ。冷暖房完備の家が普通だと思っているが100年前まではそういった気候的ストレスがあった

 

そんな中で、私は厳格なフルータリアン(木食者)だった。乳も卵も肉もまったくゼロだった。

これで完全に健康は崩壊した。もう死のうと思った。

気温10°になると激しい関節痛になり、9°では耐えがたい痛み、もう動けなくなった。

 

自分を餓死させようと思い、カリフォルニアにあるインディアンの埋葬場所に行った。そもそも、アラスカのエスキモーと暮らし、インディアンの四つの部族と暮らしたが、彼らは皆生の肉をすすめていた。しかし私は、「ああ、そうやってこの白人青年を殺す気だな」と思っていた。ここでも、洗脳されてきたことが頭にあり、生の植物は食べていたとしても、生の肉は決して食べなかった。迷走神経を切られたので、胃酸がない。食べると寄生虫が入り、死ぬ。と固く信じていたのだ。

 

私はカリフォルニアのインディアンの墓場に行った。そこは、セント・マルティナス山脈のふもとで、頭痛を去らせるために水だけを飲んだ。おそらく40から60日ぐらいのことだと思った。

 

近くにコヨーテたちの洞穴があり、毎夜、夜中に起こされた。ハウリングをしたりして、私と遊ぶかのようだった。おぼろげだが、10日目か12日目、コヨーテたちが私のキャンプサイトの周りを回り始めたのを感じた。そして11匹いるのを感じ取った。

 

次の日の夜、彼らはウサギをしとめて裂き、私の足元にもってきた。私はまた哲学的ベジタリアンで、動物愛護の観点から動物を殺さないし、食べることもないと決めていた。目の前を見るとそのウサギは裂かれていて、血まみれでぐっしょり水っぽかった。

 

そして10歳ごろのできごとが思い出された。兄といとこたちがウサギ狩りに行くと言い、おじが、「ウサギがとれたら、茶色になるまで加熱して食べないと死ぬぞ」と話していたことだった。

 

野生のウサギには特有の細菌がいて、48時間以内に小腸に到達し、そうなると激痛を持って死ぬと。

「そうか。なるほど、コヨーテたちが速く死ねるように私を手助けしているのか」と思った。それで、ウサギを食べた。毒のある植物を食べたら吐いたりするので、そうなるだろうと覚悟した。

 

しかし、12回目ぐらいかみついたところで、ものすごくおいしいのを感じた。そのとき1.5キロぐらい食べた。コヨーテが残りを食べ、キャンプにもどった。こんなに気分がいいのは、これから死ぬからだと思っていた。

つづく

アージョナスのインタビュー訳

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食物によるヒーリング

I:それでは、食物によるヒーリングを教えていただきましょう。食べ物が病気を治すことを知ったのですね。

 

理解してほしいことは、私はコミュニケーション中枢がやられていたので、とにかく、最初に本を読んだのは22歳だった。シッダールタの本はたった82ページぐらいだが一日16時間かけて1週間かかった。単語の意味がわからないのだ。単語の意味を調べても、その意味の意味がわからず、さらにその意味は・・・と、くりかえした。

 

そうやって言語コミュニケーションの仕方を学んだが、うその情報をたくさん学んだ。悪いことを学んだのだ。ベジタリアン主義や、健康的でない過激的アプローチだったが、私の健康はどんどん増進した。ある人の栄養学を学んだら、70,75%を生で食べること、生乳、生卵を食べることを唱えていたが、まだ生肉とは言ってなかった。そしてどんどん健康になっていった。それで、27歳までにローフード、ベジタリアン、フルーテリアンになっていた。トータル6年半はビーガンだった。

 

それで、一時的には健康だったが、悪化しはじめた。乳も卵もとらず、その2年半の期間で悪化した。その頃、自転車に乗って自然の中で生活していた。動物たちは健康で、学んでも学んでも医療界には本当の健康はないとわかったからだ。

 

私は頑固なので、体に悪い兆候があっても、その食べ方を続けていた。

 

I:視聴者の立場でいいますと、血液型や民族型などによっても、体にいいものや悪いものは違うのではないか、食事法はそれぞれでよいのではないか、という見方があります。私は20年間、卵と乳をとるベジタリアンでした。卵と乳をとっていたので、それくらい長く続けられたと思いますが、それでも病気になりました。そして最終的にはベジタリアンをやめました。あなたは厳格なヴィーガンを続けられました。体にはどんな現象がありましたか?

 

私には、貧血、血癌、骨癌があった。ヴィーガン生活は2年半で十分だった。体重は44.5kに下がり、骨がもろくなり、白血病を再発し、悪化していた。その頃は自転車で屋外生活をしていた。屋外生活のストレスは大変なもので、気温の上下は激しく、-7°にもなる。嵐、日照り、暴風雨、吹雪もある。そんな中でも自転車のりで、屋外で寝袋生活。たいへんなストレスの中を暮していた。

つづく

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あなたの体の99%は細菌

Aajonus, founder of the Primal Diet

Aajonus, founder of the Primal Diet

 

ボランティアたちは私のために買い物をしたり、必要なものをとって来てくれたりした。また、ドーナッツとコーラをブレンダーでまぜて食べさせてくれた。

放射線治療ののち、口の周りの骨が溶けたので歯が全部ぐらぐらした。自分の歯でかむと出血して数時間続いた。それで、週に二回の輸血をした。また、クリスピーライスもよくくれた。砂糖だらけだ。さらに4さじの砂糖をいれた。そうして加工乳が消化できるようにした。

 

ある時、この若い18歳のアフリカ系アメリカ人の少年が生のニンジンジュースと生乳をくれるようになった。私は21歳で、この18歳の若い青年は歌手でお金はたくさんもうけていた。10日ほどニンジンジュースと生乳をのんだら、自閉症が止んだ。もちろん、すぐには全快しない。歯や骨も治るのに2,3年はかかる。

 

また、料理しないものは食べてはいけないと言われていた。バナナもリンゴも蒸して食べた。そうしないと死ぬと言われていた。つまり、ばい菌や寄生虫が入ったら私には胃酸がないので、それらを殺せない。

全部医療界の神話だ。ナンセンスなのだ

 

I:生のジュースや生乳からの生きた酵素で回復にむかったのですね。

 

酵素に、生きているとかいうのはなく、それはタンパク質だ。菌は生きている。

体を見ると、99%が細菌だ。抗生剤を飲むたびに自分の体の細菌を破壊しているのだ。

抗生剤を5日続けると、細菌の1%は死ぬ。それによってあなたの活動や機能が破壊される。10日や何週間も、何年も飲む場合がある。

 

私の母は聞こえが悪く、補聴器をインプラントしていた。ドクターはその期間抗生剤を飲むようにとした。その結果、母は消化できなく、機能できなくなり、死にかけていた。それで、私は彼女にパパイヤをあげて消化をたすけ、それで母は生き返った。実際、母のところへは「さよなら」を言いに行ったのだが。私の息子を生き返らせたのも同じようなことだった。どちらも食べ物であの世から引き戻した。

 

つづく

(多くの病を直し、完全な健康体を作り出す「プライマル・ダイエット」創始者、アージョナスの劇的な半生についてのインタビューの続きです・・)

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狭心症、糖尿病、胃潰瘍・・・

多くの病を直し、完全な健康体を作り出すプライマル・ダイエット

その創始者、アージョナスの劇的な半生についてのインタビューの続きです・・

児童喫煙

児童喫煙

15歳半のとき、三度目のポリオ注射を打った。そして狭心症になった。また、青年糖尿病になった。それは現在の医療では治らないと言われている。

狭心症と、そして19歳までに、潰瘍があり、アルコール中毒、薬物中毒だった。

とにかく、疲労感が強く、8歳までに煙草をはじめ、ニコチンでエネルギーをもらった。夜にはキッチンに忍び込み、コーヒー関係のものがないかを探した。それを容器に入れて、ベッドに持って行った。そうしなければ、朝起きることができなかったのだ。また、耐えがたいほどの痛みで、スポーツができないし、体を動かせなかった。

19歳の私は、とにかく、酒、コーヒー、またクスリやたばこをフィルターなしで吸い、なんとかエネルギーをもらっていた。

19歳を超えると、潰瘍のため血を吐きはじめた。その治療過程で血癌、骨癌をもらった。

最初からいうと、まずもらったのは胃潰瘍で、その手術で胃の迷走神経を切られて塩酸が出なくなった。80代の胃と同じになり、もうタンパク質を消化できなくなった。

その治療のせいでガンを生じやすくなったのだ。

そのガンの治療が放射線療法。それで血癌、骨癌を発症し、背骨を焼かれた。何センチか体を動かすだけで背中に耐えられない痛みが走った。

それに対する治療がキモセラピー(化学療法)だ。その結果、とにかく体の痛みで立って動くことができない。床の上で排便し、それにまみれていた。その頃は20歳になっていた。

21歳では死ぬと言われていた。

 

{I:現在、それから何十年かたっていますね。あなたの自分流のヒーリングの旅が始まるわけですね。医療モデルは何も効かない、効かなかった。また、あなたは、とにかく敏感であらゆるものに反応した。そして、好奇心と言うか、自分に効くものをみつけてマスターし始めますね。}

 

ヒーリングの旅は、私の死からはじまったようなものだ。ビバリーヒルズの小さな家で死にかけた。とにかく、トイレまで行けないので、床で排尿した。そして、終わると違うところへはっていった。ホスピスには入りたくなかった。そこでは人が死んでいくし自閉症だから人とは生活できない。それで2人のボランティアが週に2,3回来て世話してくれるようになった。

つづく

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ある栄養学者の唱える自閉症の原因

「生後18か月までには自閉症になっていた。」

 

自閉症だった私—(先回紹介した)アージョナスの場合・・・

 

彼自身の分析では、

何度となく打っていた破傷風(予防)の注射に含有していた水銀、アルミニウムで、コミュニケーション機能が「やられた」。。。

 

興味をそそられる内容だったので、そのインタビュー内容をご紹介します!

(長いので、シリーズでお伝えしますね・・ 何かヒントがあれば幸いです!)

 

  • 生まれてすぐから兄にいじめられ、さびのついた釘で傷つけられるので、母が破傷風の注射に連れて行った。当時は製薬会社の経済状態によって薬の濃度は適当だった。効果が1年とか半年とか違い、科学にはもとづいていなかった。私はこれを数か月おきに打った。
  • 生後18か月には自閉症になってコミュニケーション機能がやられた。注射の水銀、アルミニウム、などの含有によるものだ。
  • 言葉では意思伝達できなくなり、人の感情、情緒はわかる状態だった。人々の態度を理解した。いわゆる心を読むということができた。
  • それで言語にはよらず、感覚で感じた
  • 「彼はうそをついている」、「今のはうそ」、など、人々の考えを感じ取った。自閉症の子供たちができるように。彼らが閉ざしてしまうのは、親や周りの人たちの口から出てくるのが「うそ」だからだ。彼ら(自閉症の人たち)はそれを感じ取り、閉ざしてしまう。
  • 自閉症の子にとって「真実を否定すること」は不可能だ。だからこそ、後退し、自分を遠ざけるようになる。
  • 自分の場合は、自閉症のように見えることを禁じられていた。親をなんとなく見上げると、すぐたたかれた。「そんな風に見るな。バカみたいだ」と言われた。
  • 40年代50年代は自閉症は理解されなかった。その時代は、理解しようとはせず、暴力でやめさせようとした。今は生化学的に対応しようとしている。もちろん、製薬会社の薬では治せないが。化学的に調整することができる理由はある。
  • 破傷風の注射や、母が看護師だったので、あらゆる薬物を使われた。何か体が悪くなったのはそのせいだ。
  • 母はアスピリンをくれるたびに「これは体に悪いから本当はあげたくないのよ」と言った。でも結局はそれを飲ませた。内心葛藤していたのだろうが。3か月から5か月間感染症に苦しんだためペニシリンなども多量にのんだ。
  • 12歳になる一週間前に腹膜炎の症状があって、盲腸炎と誤診され、盲腸を切られた。医学で理解できないものは、地上で意味がないものだ。切っちゃえということだ。私は20年間解剖研究をしたが、盲腸には、悪いものが体内に入った場合に40分以内で対処するあらゆる情報が入っている。体が汚染されたときにすぐに対応するための知識がある。盲腸がない場合は、20時間から24時間かかる。
  • 盲腸は図書館だ。あらゆる化学製品(薬物)が体内に入った場合、何をすればよいかを教える。今年(2010年)に入って初めて医学界でも同じ結論を出した。ようやく今年だ。私は20年以上唱えている。
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